「第92回:「社会」の中での自身の在り方を問う」

桜井 政成 SAKURAI Masanari

政策科学部 教授

【研究テーマ】
・新自由主義への対抗としてのコミュニティ・ウェルビーイング
・読書を通じたコミュニティ、および「読書感想文」の社会学的分析
・高等教育におけるサービスラーニングとコミュニティベースドリサーチのあり方についての実践的研究
・日本の地域活性化におけるアセット・ベースド・コミュニティ・ディベロップメントの活用
・シリアス・レジャー研究:ボランティア、ボードゲーム、読書

 
【専門分野】
社会学、社会福祉学
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 土井・野本・木村・宮本・KIM

桜井先生の研究分野である組織社会学・福祉社会学について教えてください。 

社会学は一言でいうと社会のことを学ぶ学問です。社会の様々な現象を分析してとらえていく学問であり、その枠組で私はNPOや地域福祉を研究していました。現在はさらに、コミュニティと幸福という分野に興味を持っています。どうすれば人が幸福になるかについて学問的なアプローチをするのが幸福学なのですが、社会が受け止めなければならない問題が個人化されていることに対して幸福学が利用されているという議論があり、どうすれば広いコミュニティという単位で幸福を考えられるかということが今の大きな研究課題です。その切り口の一つとして「サードプレイス」に関心を持っています。「サードプレイス」とは日本語では第三の居場所といい、第一の居場所である自分の家、第二の居場所である学校や仕事場のどちらにも属さない場所のことを指します。そして、この第三の居場所を孤独の解消に役立てる方法などを研究しています。 

この研究分野に関心を持ったきっかけを教えてください。 

大学生時代に阪神淡路大震災を経験し、そのボランティアに参加しました。被災者を目の前にして何もできないなと感じたことをきっかけにボランティア活動とNPOについて勉強しようと思いました。 

桜井先生が影響を受けられた本について教えてください。

大学生の時には高齢者福祉にも興味を持っていたため、『体験ルポ 世界の高齢者福祉』という、当時、先進的だった北欧の福祉の様子などについて書かれた本に影響を受けました。授業を通じて、著者にお会いした時やスウェーデンに行った際にこの本で学んだことが役立ちました。また、沢木耕太郎の『深夜特急』という世界中を旅行する本にも影響を受けて、友人と色んな国を旅行しました。他にも『夏子の酒』という漫画を読み、地方の活性化と農業や環境保護、社会運動の中での地域づくりについて考えさせられ面白かったです。

学生時代に図書館をどのように利用されていましたか?

学部生の時は課題レポートを書くための本を借りたり、時間があったら新書のコーナーで好きな本を読んだり、のんびりしたりということもありましたが、大学院生になってからは論文を探すためにずっと図書館に行っていました。ボランティアに関心を持っていましたが、あまり日本ではボランティアの研究がなくて、今みたいにインターネットも発達していなかったので、必死で図書館に行ってボランティア関係の英語の論文を探したり取り寄せたりして読む、ということをずっとしていました。

桜井先生が大学生にお薦めしたい本を教えてください。  

一つ誰にでも薦められるとしたら、『創造の方法学』という本があります。1970年代に出た少し古い本ですが、未だに売れ続けている本です。講談社現代新書の1冊ですが、科学的な論文の書き方について掲載されています。内容的には少し古くなっているところもありますが、とても基本的な本で卒論を書く時やレポートを書く時に、どういう内容を書けば学術的なものになるのかということが理解できるかと思います。レポートと卒論は違い、レポートというのは習ったことや覚えたこと、調べたことを書けば良いと思いますが、卒論になると何か新しいことを明らかにしなければいけません。それは科学研究の第一歩として作成するものでもあるからで、この本はどうしたら卒論を書くときに今までにない知識を創造したといえるのかがわかる本です。

 また、『10代から知っておきたいあなたを閉じ込める「ずるい言葉」』という本に関しては、最近「マイクロアグレッション」と言われるような、コミュニケーションの中で少し抑圧的な言葉が発せられた時に、どのように対応すればいいかを教えて、それに対する例をあげて解説してくれている本です。何かを言われた時に、それにどう返したらいいかわからないなというときに対応できるという意味では良い本ですね。やはり言語化するということは社会学ではすごく大事なことです。もちろん、他の学問でも大事なことですから、それぞれの学部でも勉強していると思いますが、社会学では社会に関わる言葉、社会と個人に関する言葉について勉強しているわけです。自分にとって少しもやもやすることを言われた時に、それを言語化できるというのは実は社会学の知識と技術でできるようになるスキルでもあるのかなと思います。それがわかりやすくまとまっているという意味で良書かなと思います。

 同じように、漫画でいうと『ケムリが目にしみる』という本があるのですが、フェミニズムやジェンダーに関してモヤモヤする感情がうまく描かれていて、2巻で終わる短い漫画ですぐ読むことができるので、もし興味があればこちらもお薦めですね。

大学教授になろうと思ったきっかけを教えてください。

先にもお話しましたが、学部のときにボランティアやNPOに関心を持ち、それらのことをもう少し知りたいと思い大学院に行きました。修士課程では研究もですが実践としても、ボランティア活動をしたりNPOに関わりました。そのなかで自分の学部以外の大学の先生ともお会いすることが多々ありました。大学の外で先生方とお話する中で、大学の中でただ授業を聴いているだけでは分からなかった研究者としての姿が見えて新鮮でした。文系だと、修士課程という最初の2年を修了後、就職する人が多い中で、研究がまだ物足りなかったのもあり、その上の博士課程を3年行って、結果的に研究者を目指しました。

 

今現在読んでいる本を教えてください。 

最近、時間がないと本が読めなくなってきてはいるのですが、代わりに、オーディオブックの聞き放題のサービスを利用して、本の内容を通勤時などに、聴いています。

 何冊か同時並行で聴いていますが、その一冊に『ボタニカ』があります。後者はNHKの連続テレビ小説の主人公になっている牧野富太郎の話です。牧野富太郎は破天荒に研究に邁進した人なので、この小説では学問というものの魅力と奥深さとともに、好きなことを突き詰める人間の台風の目のような、周囲に巻き起こす大きな軋轢を描いていて、研究することとはかくも恐ろしいものなのだなと思いながら聞いています。

 また、ラノベのシリーズで、『本好きの下剋上』というのがありますよね。これが結構好きで、同じくオーディオブックで聴いています。本好きの女性が異世界転生するのですが、そこは本がほとんど普及していない世界で、貧乏な平民となった彼女には読めません。そこから主人公はその世界で本を普及させるため、邁進していくのですが、シリーズが長いので、なかなか終わりませんね。物語自体も素敵ですが、本好きの性(さが)に共感する場面が多々あります。

 もう1冊、直木賞を取った作家で、立命館出身の千早茜さんが書かれた本も好きで最近よく読みます。たとえば『さんかく』は、男女3人の物語ですが、タイトルの”さんかく”は三角関係と三角おにぎりに引っ掛けられているのかな。他者と一緒に食事する・住むことを考えさせられるお話でした。しっとりした文章が、京都的な雰囲気でもありつつ、気持ちよく物語の世界に浸らせてもらえました。

御専門の分野、組織社会学、福祉社会学を専門としない学生がその分野を知ることのできる本があれば教えてください。 

ノンフィクションで学術的な本ではありませんが、『へろへろ:雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』という本があります。福岡県の「宅老所よりあい」という高齢者施設がお寺の離れを使って始められてから、施設が建設されるまでのことが描かれています。「宅老所」とは、自宅の宅の字がついているように、自宅のような環境でリラックスして介護を受けることができる高齢者福祉サービスのことで、認知症の高齢者でもその人らしさを取り戻すことのできる環境があると注目された施設です。この本は福祉の勉強になるだけでなく、福祉運動の大変さや取り組む人々の人間的な魅力など様々なことが描かれている、福祉というものを社会学的に理解できる本です。

 他にも『貧困と地域:あいりん地区から見る高齢化と孤立死』という新書本があります。大阪の中で生活保護受給者が多く福祉のまちといわれている西成区釜ヶ崎という地域があります。ここはNPOや宗教関係の団体など色々な活動が盛んで、支援が手厚くなっています。地域として将来を作っていけるのか、生活が苦しい人たちをどう伝えていくかなど、著者の白波瀬先生自身も活動に携わりながら、研究者の目線で書かれています。一つの地域での、NPO、貧困を巡る状況が理解できる本だと思います。OICから近い地域の話でもありますね。

 最後に、伊坂幸太郎が唯一書いた『仙台ぐらし』というエッセイ集もご紹介しておきたいと思います。伊坂幸太郎が好きな人はぜひ一度読んでみてください。書かれた時期が、彼が作家デビューしてすぐから東日本大震災直後までで、震災のときの仙台の様子も書かれていて興味深いです。有名作家の若いときの生活がわかる面白さもありますが、彼はあとがきで「エッセイは大変。もうエッセイは書かない」と宣言しており、そのためか最後の最後には東日本大震災をテーマにした短編小説が載っていたりもして、その意味でも興味深い本だと思います。

先生のご研究分野であるボランティア活動における大学生の意義や、どのような活躍が期待されているかなどを教えてください。 

基本的には楽しんでもらいたいです。ボランティアとは自発性という意味なのですが、学生のみなさんと話していると、高校までに部活動や学校行事などで強制的にしてきたという人もいて、ボランティアにあまりよいイメージがないことがあります。やりたい人がやるというのがボランティアですが、ただ人はそれほど「自発的」にするわけではありません。実はボランティアのきっかけは、「人に誘われたから」というものが多いのです。これは日本でも他の国でも同じです。自分がやりたいことに挑戦し、突き詰めることができる場所が大学だと思います。ですので誘われることがあれば、ボランティアも気軽に参加してみてはどうでしょうか。

 大学生の持っている知識を地域に活かしながら楽しんですることが、大学生ボランティアの意義だと思っていて、地域もただ単に大学生から労働力を搾取するだけでなく、地域と学生のウィンウィンな取り組みになり、いいことが多いですよね。

最後に、学生へのメッセージをお願いします。  

 繰り返しになりますが、大学は自分の研究や勉強などやりたいことを突き詰められる場だと思っています。やりたいことが見つからないという人もいると思うのですが、好きなことを自分なりに深めていく機会や資源、環境がいっぱい整っている場が大学だと思うので、気になることは思い切ってやってみたらいいですし、それで本当に楽しい学生生活を送ってほしいと思います。

桜井先生、ありがとうございました。

今回の対談で紹介した書籍

体験ルポ 世界の高齢者福祉 / 山井和則著

創造の方法学 / 高根 正昭(著/文)

深夜特急 / 沢木耕太郎著

へろへろ:雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々 / 鹿子裕文著

貧困と地域:あいりん地区から見る高齢化と孤立死 / 白波瀬達也著

仙台ぐらし / 伊坂幸太郎著

  • 10代から知っておきたいあなたを閉じ込める「ずるい言葉」 / 森山至貴著
  • ケムリが目にしみる / 飯田ヨネ著
  • ボタニカ / 朝井まかて著
  • 本好きの下剋上 / 香月美夜著
  • さんかく / 千早茜著
  • 夏子の酒 / 尾瀬あきら著