「第88回:一冊の絵本が導いた、発達心理学の世界」

土田 宣明 TSUCHIDA Noriaki

総合心理学部 教授

【研究テーマ】
 1. 実行機能の加齢変化
 2. 行動調節機能の検討
【専門分野】
 発達心理学、高齢者心理学、教育心理学、
 実験系心理学
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 高木・土井・伊藤・山川

土田先生の研究分野である発達心理学や中高年・高齢者心理学について教えてください。

 発達心理学は、記憶、感情、認知、知覚などの精神機能が時間軸の中でどのように変化するかを研究する学問です。例えば、人がものを見て、判断・思考をする能力である認知機能が生まれてからどのように形成されるのか、逆にどのように衰退していくのかを見ていくような学問です。そのような成り立ちを見ることを通して、そもそも人にとって認知機能にはどのような意味があるのかを考える学問だと考えています。その中で、特に、中高年や高齢者心理学は、加齢エイジングの問題を受けてどういう風に機能が低下するのか、逆に中高年期になって獲得するものは何かということを研究する学問です。

先生がこれらの研究に興味をお持ちになったきっかけや研究の道に進もうと思ったきっかけを教えてください。

 学部の3回生の頃に、今は名誉教授でいらっしゃる守屋慶子先生による小学生から大学生を対象に、Silverstein が書いた『おおきな木』(原題:The Giving Tree)という絵本の感想文を集めるプロジェクトがありました。そのプロジェクトは当時大学院生や4回生が中心でしたが、研究会に参加させてもらう機会を得ました。その中で、人の発達的な変化を見ることの面白さを経験させてもらったことがきっかけで、このような分野に興味を持ちました。感想文なので非常に個人差があるのですが、その個人差を超えて、年齢とともに捉え方が大きく変わっていくのが分かりました。その変わり方の生のデータを実際に目の前にして、発達の変化を見ることが非常に面白いということを実感させてもらい、このような分野に進もうと強く意識したように思っています。

先生にとって、研究会に参加されたような新しい一歩を踏み出すために大事にされていることについて教えてください。

 好奇心だと思います。研究会に参加したのも、院生や4回生の先輩方に混じって、議論に加わるというのは勇気が必要でした。議論に参加したとき、くだらないことだと言われる心配もありましたが、守屋先生の授業を聞いてこの分野が面白いと思っていたこともあり、このプロジェクトが始まるなら、どのようなことが分かるのかという心配を上回るような好奇心がありました。それが新しい一歩を踏み出させたのかもしれないです。なので、好奇心が一番重要だという気がします。

私たち大学生が起こしてしまうエラーと高齢の方が起こしてしまうエラーはどのように違うのでしょうか?

 基本的にはエラーに大きな違いはないと考えています。例えば、若い人たちでもついうっかり押してはいけないスイッチを押してしまうようなことがあると思います。ただ、高齢期になるとちょっとした影響でそうしたエラーの頻度が増える傾向があることが分かってきました。左右にスイッチを用意しておいて、パソコン上で右側に刺激が出たら左側のスイッチ、左側に刺激が出たら右側のスイッチを押してもらうという簡単な課題を例に説明します。このとき、何も妨害がないと大学生も高齢者も大きな違いはないんですよ。ところが、視覚的な刺激の提示と同時に「ピー」という音を鳴らしたり、指先だけでなく手のひら全体で押してもらったりするような指示を出すと、高齢者でエラーが増えることが明らかになっています。こうなる原因として考えられる理由が2つあって、1つは運動性の神経興奮が加齢の影響で抑えにくくなってしまっているということです。2つ目は、現在研究中なんですが、認知的コントロールということが大学生と高齢者ではかなり異なるからであると考えています。例えば運転場面でアクセルからブレーキに変更する時には高齢者では大学生に比べてかなり時間がかかります。この差も認知的コントロールの違いによって引き起こされたものであると考えられます。

高齢化社会の日本で高齢者心理学はどのように活かされていくのでしょうか?

 高齢者の方々が生活しやすい社会を作っていく手助けになればいいかなと考えています。例えば高齢者の方で認知機能が低下しやすい要素があれば、それを補う手段として何をすれば良いかを考えるきっかけになればいいかなと考えています。さらに、高齢期になっても低下する側面ばかりではなくむしろ上昇する側面もあることが最近の研究でわかってきています。なのでそういった研究を知ってもらうことで高齢者に対するネガティブなイメージをできる限り少なくしていきたいとも考えています。そういった点で高齢者心理学を活かしていけたらいいと考えています。

コロナウイルスの感染拡大やスマホの普及によって私たちの生活はいろいろ変化したと思うのですが、それが発達に及ぼす影響というのはどのようなものがあるのでしょうか?

 やはり一番大きな影響は直接人と人が関わる場面が減ってしまうことだと思います。それによって実行機能に影響が出なければいいなと考えています。実行機能というのは目的を定めてそれを達成するために自分の感情を抑えたり行動調整したりするようなプロセスのことです。そして、そのような機能や能力は人と人との関わりの中でゆっくり形成されることが分かっています。これはかなり高次な機能で時間をかけてゆっくりと形成されることも分かっていて、コロナ禍の中でこういう能力の形成に影響が出なければいいなと考えています。実行機能は人と人との関わりによって形成されるので、ちょうど発達途上の皆さんにとってこういう経験が減少しないようになればいいなと考えています。次にスマホについてです。スマホは情報収集の上で大変便利ですが、たまにはスマホを横に置いて直接物に触れたり人と関わったりするスタイルも大事にしてほしいと考えています。

先生が大学生時代にどのように図書館を利用していたか教えてください。

 私は立命館大学の衣笠キャンパスで学生生活を送りました。当時は文学部の中に心理学専攻があり、文献資料室といって専門書や貴重本、それから専門の学術雑誌だけを配架している、文学部専用の図書館のようなものがありました。そこは潜水艦のデッキのように低い天井で、書架は三層構造で本の迷路のようになっていて、一種独特の雰囲気がありました。私は暇があるとそこでなんの目的もなく本の背表紙を眺めたり、本を取ってみてぱらぱらとページをめくったりすることが多かったです。また、当時下宿にはエアコンがなかったので、夏場は快適な図書館でレポートを作成したり、図書館でぼーっと過ごして暑さがおさまるのを待ってから帰宅したりしていた記憶があります。

先生は立命館大学を卒業されていますが、文学部の心理学専攻時代と、ひとつの学部として総合心理学部ができてからとで雰囲気等の変化はありますか。

 やっぱりみんな心理学という学問に興味を持っている人たちなので、基本的には変わらないかなと思います。ただひとつは大学全体の変化として、華やかになったなという印象はあります。私が入学した当時の心理学専攻は文学部の中でも一番小さな専攻で一学年が40名ぐらいしかいませんでした。なのでどの学生とも顔なじみで、専攻ごとにスポーツ大会に出たり合宿したり、学園祭では出し物をしたりして、いろいろなことを経験できました。また、当時は今と違って学生下宿というのがあって、そこに同じ心理学専攻の学生が四、五名いて合宿所のような状態で毎日生活していたので、いろいろな刺激を受けたりすることも多かったです。なので、華やかになったかなというのがひとつと、最近は学生同士の濃密な関わりが少し減ってきているのかなということがもうひとつ変化として感じられます。

先生が大学生におすすめしたい本を教えてください。

 Silverstein作の『おおきな木』という絵本があります。人間の発達のプロセスを見たような絵本なのですが、原題はThe Giving Treeといって本学の図書館でも所蔵されているのでぜひ読んでほしいです。読んだ後には、メモ書きでもいいので感想を言語化してほしいなと思います。そのうえで、さっきも話した守屋慶子先生が書かれた『子どもとファンタジー:絵本による子どもの「自己」の発見』という本があるので、この二つの本を読んでもらえると、発達心理学の面白さが伝わるのではないかなという気がしています。

最後に学生へのメッセージをお願いします。

 総合心理学部の学生は忙しいですよね。これは昔と同じなのですが、2回生ぐらいになってくると、実験実習とか、課題やレポートが大変で、それからアルバイトも忙しいと思います。ただ、社会に出るとさらに忙しくなります。今はまだ社会人に比べると自由な時間があると思うので、何かをするとかではなくぼーっと過ごす、そういう一種の贅沢な時間を楽しんでほしいです。図書館でぶらぶらしていると、意外なところに面白い本があるかもしれませんし、皆さんのこれからの人生に何か影響を与えるような本に出会うかもしれません。また、いつもは行かないような本や雑誌のコーナーに行ってみて、背表紙を眺めたり、図書館の外の景色を眺めたりするだけでも良いと思います。しばしスマホを鞄の中にしまって、ゆっくり物思いにふける、そういう風な贅沢な時間を見つけてください。

                     ◎先生、ありがとうございました。 

紹介する書籍

The Giving Tree/Shel Silverstein

子どもとファンタジー/守屋慶子