「第79回:今は海を見よ――独習の勧め」

河音 琢郎 Takuro Kawane

経済学部 教授

【研究テーマ】
1980年代以降のアメリカ連邦財政構造
予算編成過程の構造変化と財政再建の関係把握に
関する研究
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 伊藤・片岡

河音先生の研究テーマの1つである、「トランプ税制改革」について詳しく教えてください

端的に言えば、2017年に制定されたアメリカの大規模な税制改革のことです。これまでアメリカでは、1986年に実施された税制改革が基本となってきていて、そこから30年以上経っているわけですが、多少のマイナーチェンジはあったものの、基本的に1986年の税制がその基礎となってきました。ただし、そこから30年経つわけで、その間、主力産業も大きく変わりグローバル化が進展し、アメリカ経済の構造は大きく変わってきました。そうした中で、アメリカの大企業は、税率が低い、もしくはほとんど税金を取らない国や地域に収益基盤を移して税逃れをするという問題が生じています。さらには経済のIT化が進む中で、デジタルコンテンツにどのように課税するのかという問題もあります。こうしたことがアメリカの税制にとって積年の課題だったわけですが、2017年のトランプ政権の下で、法人税減税、国際課税の大幅な制度変更などと併せて、大規模な税制改革が行われました。これがトランプ税制改革です。こうした大規模な改革が、トランプ政権の下で、なぜ、いかにして可能となったのかというのが、私がここ数年研究していることです。トランプ税制改革に限らず、アメリカの税財政は近年大きく変化してきています。例えば、昨年からの新型コロナウイルスの感染拡大で、アメリカは200兆円規模の経済対策を2回も実施してきました。バイデン新大統領は、この上さらに、老朽化したインフラ整備――その中には再生エネルギー関連の投資も含まれています――や、保育やコミュニティ・カレッジ(短大)の授業料補助などを提案しています。こうした大規模な対策や投資をやるためには、当然財源が必要です。なので、バイデン政権は、先ほどのトランプ減税を逆転させて、富裕層増税を提案しています。このように大きく揺れ動いている現在のアメリカ財政がどこに向かおうとしているのか、その全体像を把握したいと思っています。

 河音先生が、アメリカの財政のことを研究しようと思ったきっかけを教えてください。

 私自身立命館大学経済学部出身で、約30年前の1990年卒です。その時は、研究者になりたいとは思っていましたが、財政学をやろうとは全く思っていなかったです。私が4回生の時にベルリンの壁が崩壊して、激動の時代を目の当たりにし、今後世界がどのように変化していくのかに関心がありました。そのことをゼミの先生に話したら、「そんな今流動的な研究対象は難しすぎる。河音君はちょっと大雑把だから、企業の細かい事をやるよりも、国のような大きなテーマで研究してはどうか」と言われて、大きな国って、どこだろうと考えたときに、やっぱりアメリカだなということで、最終的にアメリカの財政をやろうと思いました。だから、実際に現在の研究テーマが決まったのは大学院生になってからで、そういう意味では遅咲きデビューです。

 今までの読書体験を教えてください。

 読書の仕方には、それぞれの本や自分自身の興味関心によって多様だと思います。例えば、この研究室には多くの書籍が並んでいますが、その大半は一部しか読んでいなかったり、まだ読めずに「積ん読」状態だったりです。他方で、何回も繰り返し線を引き、ノートをとって読んでいる本もあります。私がこれまでの半生で1番多く読んだ本は、マルクスの『資本論』です。それほど多くはないけれど、今でも一緒に読もうという学生がいて、人は入れ替わるけれど学生時代から『資本論』の読書会はほぼ毎年やっているので、少なくとも20回以上は読んでいると思います。

この「資本論」の中で1番印象に残っている部分はありますか?

 重要に思う個所はいくつもありすぎて1番っていわれると困りますね。『資本論』は、150年前のイギリスを念頭に置いて書かれた本で、当然現在とその当時とでは大きな違いがあるわけですが、それでも現在の日本もアメリカもヨーロッパも資本主義社会であることには変わりはない。『資本論』は、資本主義の基本的な仕組みについて、書かれたものです。マルクスは資本主義社会には否定的な立場をとっていたのでイデオロギー的にとらえられることが多いけれど、今日の資本主義社会にも通底する経済を考えるうえでの基本文献だと思っています。今は、財政学という国の政治と経済の間のことを研究対象にしていますが、やはり経済を学ぶ上での基本といえば『資本論』だと今でも思っています。今は教える立場になって学生とともに読んでいますが、何回読んでもいまだに新たな疑問が出てくる、そんな重厚な本です。

今の大学生に向けて読んでほしい本はありますか?

 『生きるために本当に大切なこと』
コロナ禍の今、学生の皆さんに敢えてお勧めしたいのは、渡部憲司さんの『生きるために本当に大切なこと』です。著者は日本の近世の性風俗文化の研究者ですが、2011年3月11日の東日本大震災の際に、立教新座高校の校長先生として、卒業式が行えなかった卒業生に向けて送った「時に海を見よ」という檄文で一躍注目を集めた方です。その当時のメッセージは本書冒頭に掲載されています。当時は原発事故の問題があって卒業式もできず、放射能汚染がどうなるかも流動的、不安定な社会状況で、そうした状況の下、大学へ進学する若者に向けられたメッセージです。そのときに渡辺さんが発したメッセージは、「時に海を見よ、敢えて孤独になって自分を見つめることこそ大切だ」というものでした。要するに、孤独になる時間は大事だよということを、彼は敢えて東日本大震災直後に卒業生たちに伝えた。こうしたメッセージはコロナ禍で孤独になりがちな今、改めて重要なことを私たちに伝えてくれているように思います。
当然、大学というコミュニティは、たくさんの友達をつくって相互に教えあったり、刺激を与え合ったり、それから先輩や先生から聞いたりして刺激を受ける場なんだと思う。それはそうなんだけれども、他者から何らかの刺激を受けてゼミ論文に向かうとして、それを書くのはあくまで自分で、そのために調べるのも全部自分で、本を読むのはやっぱり孤独な作業ですよね。また、進路だって、いろいろな他人の意見に流されてばかりいては結局決められない。やはり最終的には自分と向き合って自分で決めなければならない。そういう意味で、学びも人生も、基本は独習し、自分と向き合う時間が圧倒的に多いわけで、そういう意味で渡辺さんが言われる「孤独になって自分と向き合え、そのために海をみよ」というメッセージは、ちょっと厳しい言葉かもしれないけれど、やはり今の学生に響くメッセージなのではないかと思っているわけです。この本では、コロナ禍での若者へのメッセージも含まれていて、その中には独習のお勧め文献などもあります。コロナ禍の今だからこそ、手に取ってほしい本です。

『学びの一歩:大学の主人公になる』
そうはいっても、「孤独に耐えよ」だけではやはりつらい。大学は同時に多様な友人や先輩後輩たち、教職員と出会い、相互に刺激をし合うコミュニティの場でもあります。なので、2冊目に紹介したいのは、手前味噌にはなりますが、私も含め立命館大学経済学部を卒業して大学教員になったメンバーで書いた『学びの一歩』という本です。もう20年近く前に書いた本なので少々古くさくなってはいますが、この本では、学生目線で大学というコミュニティの活用法について書いています。例えばゼミでチームを組んで研究に取り組んだりするでしょ。その中で、チームのメンバーと議論してみて「いろんな発見がある」とか、「あいつが言っていることも結構面白いなぁ」とか、そういう仲間や相手からの刺激があって、それがひらめきになって研究が進むことってあるでしょう?そうした「討論する学び」の大切さやその具体的なノウハウについて語った本になります。なので、1冊目に紹介した渡辺さんの本とセットで読んでもらえたらと思います。

最後に学生へのメッセージをお願いします。

 コロナで1年ちょっと経ちますね。学生のみんなは、リモート授業ですごくフラストレーションも溜まっていると思うけれど、私はこんなときだからこそ、渡辺さんのメッセージについて改めてよく考えてみるいい機会だと思っています。どんな授業においても、ゼミでも、学び成長するのは結局自分自身です。そう言う意味では、渡辺憲司さんが言うように、孤独の時間をどう使うかが重要になってくるし、今はそのことがよりリアルに感じられるのではないかと思います。学びの基本はまずは独習だということを先行して体験しているんだと少し気楽に考えてほしい。独習の成果はそのうち絶対に出てきますから。そうして、アフターコロナを迎えたその時に、独習で強くなったもの同士がお互いにコミュニケーションをとって、仲間と刺激しあえるようになればいいのではないか。立命館大学の良いところは、大学の中にとどまらず、海外も含めて様々な人たちと積極的に関わり、学び合うネットワークが多様にあることだと思います。また、友達同士や先輩と後輩で教えあうピア・ラーニングも伝統的に発達していて、学びのコミュニケーションが活発なことも立命館の良さだと思います。そう言う意味では、コロナは立命館の良さを、ことごとく奪っていく現在ではあるけれど、大学の学びの基本は、「独習」にあるのだから、今はその独習に重点を置いて、アフターコロナで立命館の本当の良さを存分に体験してほしいと思います。

この記事には載せきれませんでしたが、とても為になる話をたくさんして頂きました。
今回は貴重な時間をインタビューに充てて頂きありがとうございました。

紹介する書籍

資本論/カール・マルクス著

生きるために本当に大切なこと/渡辺憲治著

学びの一歩:大学の主人公になる/和田寿博、河音琢郎、上瀧真生、麻生潤著