「第94回:異文化理解を通じて国際私法を深める」

樋爪 誠 HIZUME MAKOTO

法学部 教授

【研究テーマ】
・国際私法
・国際民事手続法
・国際取引法
【専門分野】
国際私法、とりわけ国際契約法、国際的な子の奪取問題、国際知的財産法、入管法と私法関係
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 出村・藤岡・前田

先生の研究テーマや研究分野について教えてください。 

 法律学の中でも「国際私法」というところです。「国際法」と聞くと、ウクライナの問題とか、国と国の話を思い浮かべられますが、私が担当しているのは国境を越えた人と人の話で、契約や結婚の話を対象にしています。この分野の名前からくるイメージとして、「なにか世界的な私法があるのかな」と思われがちなのですが、実はそういう分野の決まり事は民族や文化などに根付いているところが多く、国ごとによって違っています。そうすると、「どこの国の法律を適用するか?」というようなことを考えることになり、法律学の中でもかなり変わった分野になります。とはいえ、最近の日本も企業の取引関係だけでなく家族関係などの人の国際化が進んでいますので、国際私法が随分と認識してもらえるようになってきたと思っています。 

先生が国際的な法の中でも、国際私法にご興味を持たれた理由やきっかけについて教えてください。 

 きっかけは3回生時のゼミ選択ですね。大学時代はこれと言って何もしていなかったので、回生が上がるごとに自分のやりたいことを何か絞りたいなと思ってきた時に、興味があったのが国際法と民法でした。国際法は国と国のことを考えるという、とてもダイナミックな法律で、授業にもずっと出席していて面白かったのですが、段々と感覚的に、自分がやりたいことは人と人の問題だなと思うようになりました。研究を進めるなら民法のほうかなと思いつつ、でも「民法の国際版ってどうなるの?」と疑問に思い始めた矢先に、本当に偶然なのですが国際私法ゼミの説明会に参加する機会がありました。そこで説明を聞いてみたら「ああ、何となく自分がやりたいことはこれなのかな」と感じました。私はこれだけを追求したいというのが割と無かったので、思っているものを足していったらここにたどり着いたという感じですね。 

法学部の教員紹介ページで「国際私法が世界のトレンドになっている」とのお言葉がありました。実際に契約法など、ご研究を進める中でもお感じになられますか。

 「今後、国際私法が大事になると思ったか」という意味では、学生の頃からそう思っていましたね。人の活動などが国際化することはほぼ間違いないと思っていました。学生の頃は知的財産にも関心があったのですが、当時はまだ法学部で知的財産を専門にされている先生はあまりいらっしゃいませんでした。そうした時代の中で、アメリカなどで日本の企業が訴えられるという、国際的な民事訴訟を目の当たりにしました。それから少し後、W T Oなどが設立されるなどして知的財産自体が国際化していきました。民事の世界条約などがあればもっと簡単でわかりやすいのですが、家族法や条約で統一するのは無理な話なので、国際私法という考え方がやはり今後も大事であると思った出来事でした。 

 

ありがとうございます。 
先生のご研究を見ていると、国際的な「子の奪取」問題や、「オーストラリア・イギリスの国際契約」など、一つの国や分野にとどまらず、手を広げていらっしゃる印象があります。 
新しい分野に進んで行く際に、図書館をどう活用されていらっしゃいますか。  

 非常に鋭く本質をついておられる質問だと思います。私の研究スタイルは、私の研究分野では普通なのですが、ほかの法学部の先生や他学部の先生とは少し違うところがあります。例えばある国のある法律をテーマに研究されている先生は、ずっとそのテーマで突き詰めるという研究スタイルの方が多いと思います。一方で私の研究分野では、問題が起った時に適用する法律をその都度選びます。あとは「どの業界でどういう問題が、どの地域でどういう問題が起こっているか」などの「地域研究」を行います。最近特に私は先ほど紹介されましたオーストラリアやニュージーランドなどに関心があるのですが、向こうでは全く違う国際私法があるわけではなくて、同じ発想の法律をその国なりにどうやって使っているのかという検討になります。例えば、私たちが家族関係などを日本で考えるときには、大体、韓国、中国、台湾、フィリピンなど近隣諸国の同じ役割の法律を検討することになります。オーストラリアも同様で取引関係を検討する際は、ニュージーランド、インドネシア、マレーシアとかあの辺一帯のものを参照することになります。こういった複数の国に関係する法適用関係がどうなるかというところに関心があるので、私の研究の後ろには異文化理解的な背景があります。 

図書館の活用の仕方というと、図書館には法律の本ばかりが置いてあるわけではありませんよね。例えば「オーストラリアって法律上はこうなっているけれど、なんでそうなっているのか?なんでああいう連邦制なのか?」という疑問を解決したい時には、法律の本だけではなくて、オーストラリア一般を扱う本、ニュージーランド一般を扱う本、あるいはインドネシアの本、地理、歴史に関係する本などが結構役に立ったりします。 

また先ほど「子の奪取」の問題を挙げていただきましたが、もしも離婚の時に子供を奪い合うようなことがあったらという研究は、子供にどういう影響が与えられるかとか、奪われた親がどうなるのか等という点においては、法律学というよりもどちらかというと社会学なのですね。 

なかなか最近の一般の本屋さんは、最新の情報誌を優先しがちであまり各分野の多様な本を置いている印象はないのですが、立命館大学の図書館は蔵書も多く、分野横断的に資料があるというのは私の分野では大変助かるなと思っています。 

続いて学生生活のお話をお伺いしていきます。 学生生活の中で、印象的なエピソードがあればお聞きしたいです。例えば、先ほど学生時代に知的財産の先生が法学部にいらっしゃらなかったというエピソードがありましたが、図書館の資料や文献を用いて研究をしていくい中で苦労された部分もあるのではないかと思います。どのように乗り越えていかれたのですか。   

【先生】

 私も皆さんと同じ立命館大学の出身です。今では信じられないと思いますけど、理工学部も経済学部、経営学部も全部衣笠キャンパスにあったのですよ。私の時代の図書館は一階が雑誌等の基礎文献の資料が多く、二階が人文・社会系、三階は理系の本が多いフロアで、二階に行ったら法学部向けの大抵の本がありました。大体図書館はいる人が一緒で、私も二階によく住み着いていたのですけども(笑)、二階に行くと法学部生が多くいました。だから資料や学習環境の面では苦労はあまりありませんでしたね。先ほどの知的財産の件でいうと、大学院の頃に専門の先生がいらしたのですが、学部生の時は先生もいなかったし、今後の自分の研究はどうなるだろうみたいな不安な頃もありましたけど、図書館に行けばそういう興味関心のある分野の本もあったので読んだりしていたのは覚えていますね。勉強が好きだったのか、大学が好きだったのかはよくからなかったですが、大学にはずっといたので(笑)。土曜日の午後の授業とか特に好きでした。

【インタビュアー】

 土曜日まで授業があったのですね。 

【先生】

 ありましたね。みんな土曜日は遊びに行くのですけど、自分だけ学校に残る優越感みたいな。行くとこがなかっただけなのですけど(笑)。 

皆、就職しても遊ぶことはできるのですよ。でも、大学を出ちゃうとなかなか出来なくなるのが勉強なのですよね。仕事しながら勉強したいと思っている人はいっぱいいるけれど、その両立はかなり難しい。だから私は土曜日に大学に残って授業を受けて、図書館の辺りでウロウロしていた時間は無駄だったなとは思っていません。今の仕事をしていても、あんなに立派な図書館があって本当は用事がない時にも行きたいのですけど、忙しくて用事がある時しか行けないのでね。学生時代は楽しく過ごせたのかなと思います。  

先生は「学生時代によく旅行にいかれた」というお話をお聞きしたのですが、留学や旅行など海外に関心を持っている学生は現在も多くいると思います。先生の旅行先での経験で、何か今の研究に影響していることはありますか。 

 私が海外旅行に行くようになったのは勉強との兼ね合いで20代半ばからでした。その時期が遅かったとは思っていませんが、学生時代に留学を計画している人はぜひ行ったらどうかと思います。 留学や海外生活というのは毎日が勉強で、ある種のサバイバルなので、日本でやっている通りやっても、なかなかうまいこといかないことが多く、一つ一つの工夫が大切です。今はインターネットから最新の情報はもちろん昔の情報だって取ることができるので、現地に行かなくても済むところもありますが、海外での緊張感というのはやはり現地の生活でしか体験できないと思います。私は沢山失敗しているのですけど、海外での失敗はあまり思い出さないですね。日本にいて失敗したことは忘れることはないのですけど(笑)。きっと外国で一生懸命やった上での失敗ということで綺麗な出来事として記憶に残っているのかもしれませんね。この間コロナがあったり、物価が高かったりして、なかなか海外に行ける人は少ないのかもしれませんが、工夫すれば行くことはできるかもしれないし、日本から出たいと思っている人はチャンスを見て出てもらったらいいかなと思いますね。 

先生は多方面に研究されていると同時に、法学部の学部長に就いていらっしゃったり、研究所運営委員だったりと本当にお忙しくされていると思うのですが、こういった活動がご自身の研究にどういった影響を与えていますか。 

  学部長としては皆さんに支えてもらっていますし、逆に言うと皆さんから意見をもらう立場なので、その責任感は私にとってプラスになっています。学部長になってから他学部の先生や他キャンパスの職員の方と話す機会が増えて、場合によっては附属校の校長先生方ともお話しできるので、非常に良い機会をいただいています。色々な分野で色々な教育の方法もあるというのは、自分の学問とオーバーラップさせながら勉強になるところがあります。 

また、学部長という仕事をさせてもらったが故に、アジア日本研究センターに関しても縁があったのかと思っています。役職上、色々な方に出会える機会が増えたというのは非常に良かったなと思っていますね。 

学部長をされたが故に、他学部の教授の方々と交流の機会が生まれたのですね。 
最後に、学生におすすめの本やメッセージ等をいただけたらと思います。 

 私の専門分野には色々な書物があり、昔から外国のことを丁寧に紹介している本が多くあります。私は法律学の中でも比較法というところが好きだったので、学生時代は大陸法とか英米法の入門書を読んで外国の図書館にいるような気分になっていました。おすすめの本は、五十嵐清さんの『比較法ハンドブック』です。本を通して、こういう国があるのだなということを楽しんでください。私はサッカーがまだマイナースポーツだった時にちょっとだけやっていましたが、当時の新聞にはほとんどサッカー関連の記事がありませんでした。ブラジルで何万人も集まって決勝が行われているという記事が二行か三行しかなかったけれど、写真も何もないからこそ想像力が膨らみますよね。「ああ、自分の知らないところに色んなことがあるのだ」と。我々はやっぱりヨーロッパの法律というのは輸入したけれど、ヨーロッパの雰囲気までは輸入していません。イタリアの人はフランスのことも考えるし、ドイツのことも考えるのですけど、我々が中国とか韓国のことを考えるのとはやっぱり感覚が違う。アジアはどっちかというと昔から国と人の関係の法律が多いので、私人間の法を比較しないですね。でもヨーロッパの人は隣の国の人と商売したりとか、隣の国の人と結婚したりとか、そういう感覚があるので、そういう所で培われた比較法を、サッカーの時と同じ探求心で本を読んで感じられるのは楽しかったかなと思います。 

非常に情報過多な社会ですが、 情報を正しく使えているかどうかはまた別の問題としてあります。世間でずっと良本だと言われてきた本には、実は携帯電話からは見つけ出せない情報も入っています。そういうものに触れる経験を学生時代にしてほしいと思います。 

また激動の時代のように見えて、実は戦争の問題であったり、経済の問題であったり、パンデミックであったり、やはり世の中は同じことを繰り返している最中なのです。今世界全体がすごく明るい方向に向いているかというとなかなか厳しい状況に向いているところもありますので、そういう時に自分の中でしっかりと判断する力を身につけるために、自分の判断のバックボーンになるようなものをぜひ探してください。 図書館でもしっかりと資料探しに取り組んでもらうのがいいかなと思います。今後、AIの時代になろうと人の考える力はとても大事です。経験を通じて自らその力を身につけてもらえればなと思います。

 ◎樋爪先生、ありがとうございました。

今回の対談で紹介した書籍

比較法ハンドブック/ 五十嵐清著