「第82回:図書館の醍醐味」

清水 寧 Yasushi Shimizu

理工学部 教授

【研究テーマ】
 原子分子の運動に潜む非統計性を探る、ナノクラスターの非線形ダイナミクス
【専門分野】
 数理物理・物性基礎
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 潘・福島

清水先生の研究テーマである「原子分子の運動に潜む非統計性」、「ナノクラスターの非線形ダイナミクス」について詳しく教えてください。

 物の動きというのは投げた物や水の流れなど身の回りにあふれているわけですけど、物理でそれを理解しようとすると必ず方程式を使うんですね。例えば運動方程式とか流体方程式です。方程式に基づいて運動を理解しようとすると、大きく分けて2種類のタイプがあることに気づきます。規則的に運動しているものと規則性がないように見えるランダムな運動です。高校や大学では振り子の問題やばねの問題など、規則的な運動の話をやります。でも世の中にはカオスと呼ばれる一見ランダムな運動をするものもある。その例は天体の運動からミクロの世界の現象までいっぱいありますが、ランダムに動いているものも、よおくみると、精妙な規則性をこっそり持ってたりします。カオスというと、何も規則性がないようですが、実はその中に単振動とかとは異なる規則性(「カオスの中の秩序」)があるのがミソです。それを原子分子の世界の運動のなかでも見てみたいと思って、原子分子の振動・回転といった運動を計算機シミュレーションに基づいて調べています。

清水先生は物理学科を出ていらっしゃるとのことで。どうして物理学科を選ばれたのですか?

 大きなきっかけになったのは高校の化学の授業ですね。授業では実験をやってレポートを書く宿題がよく出たんですけど、その先生は、頑張って書くほど心をくすぐるコメントをいっぱい返してくれました。たくさんコメントをもらおうと一生懸命図書館で本を調べたんですけど、高校の参考書だとだんだん足りなくなってきて、そのうち専門書を手にとるようになりました。手にしたのは化学系の本だったんですけど、いろんな部分の説明が省略されている気がしました。一例をあげると「分子軌道」です。一体これは何を表していて、なんでこんな変な形がでてくるのか全く理解できなかったので、さらに本を探しているうちに次第に物理系の本を手に取るようになったんです。そっち系の本も式がいっぱい出てくると途中でよく分からなくなっちゃったんですけど。でもその経験は、何かを理解する上で自分は思っていた以上にブラックボックス的な概念を使って説明されると気持ち悪いって感じるタイプであることに気づいたきっかけでしたね。そういうタイプだとすると理系の中でも理学部、化学よりは物理よりかなあと思って物理学科選んだという感じですね。

今までの読書体験を教えてください。

 子供のころ本は家にいっぱいあったんですけど、あまり読まなかったです。外で遊んでばっかりで落ち着いて本を読むようなタイプの子ではなかったんです。でも小学5年のときに塾に行かされ、そこで変な理科の先生の変な授業を受けました。ある日は『ヨーロッパを席巻するヘーゲル哲学が少し前に発展した近代科学に大きな影響を受けてきたこと』を論じた『フォイエルバッハ論』の一節をコピー配布し、嬉々として解説したり、別の日には相対論とか面積計の原理といった全く違う内容を話したり。理科とか小5の理解度とか関係なくやりたい放題でした。全然消化できませんでしたが、その先生が目をキラキラさせながら異常な熱量で話すので、きっとちゃんと理解したら面白い話なんだろうなと思って、古本屋で関連する本を買い漁ったりしました。これが本に親しむきっかけのような気がします。

清水先生は大学生の時、どのように図書館を利用していましたか?

 学生には友達と一緒に勉強した方が良いよと言うんですけど、僕自身はそういうことが性格的に出来なかったんです。だから図書館って一人で勉強する場所でしたね。家帰ると寝ちゃうから、勉強スペースとして図書館のほうが良いかなと思ってました。

 図書館にはたくさん本があるので分からないことがあったらそれに関わる本を読むことが多いんだけど、疲れちゃった時は関係ない本を手にしたり、たまたま探してた本の隣の棚に分野は違うけどすごい面構えの本があって、ついそれを手にとっちゃうことは結構ありました。図書館の情報検索がネット検索とは違うのは、そんな偶然の出会いがあるところで、そんな場所として図書館は自分にとって大きな意味があったなと思います。

先生の学生時代から現在の図書館の変化を考えると、将来の図書館はどうなると思いますか?

 将来の図書館はよく分からないですけど、図書館という昔から続く知の集積がきちんと形をなしている場所を今後どれだけ確保できるかっていうことを心配してます。精度のよい端末検索だけですむようになっちゃったら、偶然本に会うこともないし。何より本の表紙、紙の匂いとか、本に書き込まれた誰かのメモとか、そういうものと出会う場がなくなることに対する嫌悪感が強いです。古い本が棚に並べてあること自体の価値っていうのはすごくでかい。だから一見贅沢で無駄なようだけど、頻度と関係なく利用される本がいつでも手に取れることは何より大事なことだと思ってます。稀にしか使われないような本でもちゃんと場所を確保し管理されているおかげで、偶然誰かがそれを手に取り、結構大きな影響受けちゃうようなことって意外にあります。そういう貢献度ってなかなか数値化できないけど。でもそれが図書館の一番の醍醐味という気がするんですよ。古い本を触るとね、匂いがしたり、前に借りた人の痕跡があったり、内容とは関係ない部分でも歴史性みたいなものがあります。そういう知的活動の積み重ねの総体みたいなものを大学の中で最も象徴する場所は図書館ですよね。今後図書館が変化していく中で、そのカビ臭くて懐かしい場所がどれだけ維持されているかは、その大学の知的レベルのバロメータだと思っています。

影響を受けた本やおすすめの本はありますか?

 影響って言われると、これといった本がないんですけど、この機会に読んできた本の傾向を振り返ってみると、内容よりは形式重視かな。内容はどうあれ対話形式で書かれた本が好きですね。自分の中で考えをどう進めるのかって考えると、ツッコミ入れるもう一人の自分を用意して、自分が考えたことに対して別の自分がツッコミを入れて、「いやいやそうじゃなくてこういう意味だ」っていうと、「でもそういうことだったらこうじゃん」という形のやり取りしながら考えを練っていく。こうやって複眼的に考えるって多分みんな同じですよね。対話形式で書かれた本からは著者の複眼的な視点が見えるのが好きで、振り返るとそういう形式で書かれたいろんな分野の本を好んで読んでた気がします。(その例が『新科学対話』『化学の学校』『対話・微分積分学』『新微分方程式対話』『量子力学的世界像』)

 科学以外の本だと、岸田秀って方の『ものぐさの精神分析』という心理学関係の本のファンなのですが、この方の著作にも対談形式の本が多くあり、その後フロイトの本を手に取るきっかけになりました。対話形式じゃないけど、小説だと宮沢賢治が好きかな。それから昭和の中間管理職サラリーマンが愛読した山本周五郎・藤沢周平の歴史小説も好きですね。物理の本だと高橋秀俊先生の本が好きですね。

(11冊紹介してくださいました!)

新科学対話(ガリレオ・ガリレイ著)

『天文対話』という対話形式の姉妹本ですけど内容がこっちの方が好きです。架空の人物シンプリチオとサルヴィヤチが出てきて対話するんですけど、自然現象をめぐるああでもない、こうでもないといった掛け合いを通じて、過去の偉人である著者が疑問のもち方・論のたて方を指南してくれている感じがします。

★『対話・微分積分学』『新微分方程式対話』(笠原皓司著)

微分積分学や微分方程式の話で、先生と学生3人の登場人物が出てきて、なんでこんな考え方するのというやりとりや本筋以外の寄り道的雑談を通じて、理解の勘所や背景を解説してくれます。僕が学生のときに読んでいた本ですね。

★『量子力学的世界像』(朝永振一郎著)

この中に『光子の裁判』という話があって、粒子でもある一方で波でもあるという一見矛盾した存在である光子の本質を、光子を被告に見立てながら、検察官と弁護士との裁判形式での問答を通じ、平易な言葉で解き明かすという内容です。傍聴者として二重スリット実験での光子が進む経路に関する証言を傍聴席で聞きながら、日常経験しているマクロな世界と全く異なる量子力学的世界を追体験できるという趣向となってます。

★『宇宙を観た人』(中村誠太郎著 写真:エーリッヒレッシング)

近代自然科学の先達のエピソードが著名な写真家による詩的な図版とともに掲載されている本です。ケプラーが使っていた天球儀やガリレオの脱進機、パスカルのいた修道院の風景などを当時の雰囲気をカラー写真と解説で再現した新書です。教科書で学んだ内容が生身の人間の地道な営みの結果として生み出されたことをイメージできるきれいな写真を見て、高校生の頃妙にテンションが上がりました。

★『ものぐさの精神分析』(岸田秀著)

この方の本は繰り返し読みました。著者の主張は一言で言えば『すべては幻想である』という一見取りとめのないもので、それを出発点に、人の行動規範の背後にある意識・無意識の構造をどう理解するか自らを題材にしながら分析し、母親との関係から個人史を統一的に解釈して見せます。その後国家も統一的人格を持つ一個人と見なし、同じ手法でその歴史を分析します。日本を一個人として見たら、過去の歴史的事件は個人の精神史としてどう捉えられるか。ペリーの来航・開国を契機にその後の歴史をどう解釈できるのかというように、個人の精神分析の手法で国家の歴史を解釈すると・・という大胆な論理展開は圧巻でした。著者はこれを唯幻論と称し、偉大なフロイトの考えをそのままコピーし、応用しているに過ぎないと謙遜していますが、随所で目から鱗がこぼれました。

★『宮沢賢治全集』

宮沢賢治の本はどれも好きです。日本語に少しでも思い入れがある人ならどこか惹かれる本じゃないかな。とりわけ短編や詩からは、簡単に言い表せないようなニュアンス・テイストが独特な日本語表現によって立ち上がってきます。祝詞やまじないや祈りの言葉が多彩な音で表現され、日本の土着と西洋のハイカラが重層化し、表現し難い無垢な感じを与えています。

★『高橋秀俊の物理学講義――物理学汎論』

高橋秀俊先生の物理の本は雰囲気があって好きです。先生には『電磁気学』や『線形分布定数系論』っていう本があります。後者の本のメインは物理数学ですが、その説明がすごく直観的で、複雑な計算を極力避けて見通しよく説明してくれたり、一見複雑な式で表現されている定理や法則の本質について、結局こういうことですってスパっと切ってくれるような本で、他にない簡明な説明に魅了されました。これも大学生のときに読んだ本ですね。

この記事には載せきれませんでしたが、とてもためになる話をたくさんしていただきました。
清水先生、ありがとうございました。

紹介する書籍

新科学対話 ; 上 / ガリレオ・ガリレイ著 ; 今野武雄, 日田節次訳

化学の学校 / マノロフ[ほか]著 ; 早川光雄訳

対話・微分積分学 : 数学解析へのいざない/ 笠原晧司著

新微分方程式対話 / 笠原晧司著

量子力学的世界像 / 朝永振一郎 [著] ; 牧二郎解説

宇宙を観た人 コペルニクスからアインシュタインまで / 中村誠太郎著

ものぐさ精神分析 : 出がらし / 岸田秀著

ロウソクの科学 / フアラデー著 ; 矢島祐利訳

[新]校本宮澤賢治全集 / 宮沢賢治著

樅ノ木は残った/ 山本周五郎著

高橋秀俊の物理学講義 : 物理学汎論 / 高橋秀俊, 藤村靖著