「第81回:言葉を取りこぼさず、ありのままを浮き彫りにー『私』の生きる道を探す旅へー」

安田 裕子 Yuko Yasuda

総合心理学部 教授

【研究テーマ】
1.DV被害者母子へのコミュニティ支援
2.生殖の危機に直面した女性の選択と経験
3.被害にあった子どもの司法面接における多職種連携と臨床心理学的アプローチ
4.質的研究の方法論 複線径路投等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach)の開発
【専門分野】
 臨床心理学、生涯発達心理学、教育心理学
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 中北・村上・高木

安田先生の研究分野について教えてください。

 臨床心理学と生涯発達心理学と質的心理学を重ねあわせた学問領域で、「人生における危機と回復に関する質的アプローチによる研究」をしています。インタビューや観察などにより収集したことばのデータを用いて、「数」ではなく「質」に迫る研究をしています。

 人は、育ち-育てられる関係性の下で発達・成長していきますが、その過程において、時に困難や危機に直面することがあります。しかし、たいへんな状況に陥っても、人には、それを乗り越え回復していく力があります。さまざまな発達的もしくは偶発的な危機がありますが、いのちのむすびめである妊娠・出産では、それまでに抱えてきたメンタルヘルスの課題が顕在化しやすい、ということがあります。最初に修士課程で取り組んだ研究では、子どもに恵まれない女性の経験をとらえるという不妊のテーマを扱いました。現在は「育児性」により焦点をあてて、妊娠・出産や育児と、自身のキャリア形成の関連を探究する研究を、グループで行っています。次世代を産み育てるというのは人がなす重要な営みのひとつであるとともに、人には、「どのように生きていくのか」という自分目線の課題があります。次世代を育てることと自分の生き方をどう折り合わせていくのか。そこには、家族や夫婦や親子の問題がとらえられますし、社会的・文化的な規範や価値観なども影響してきます。そうしたことに関心と問題意識をもって、研究しています。かかわって、人の発達や人生径路の時間的変容を、社会的・文化的な背景とともとらえるための質的研究法の開発を、共同で行ってきました。複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach:TEA)という質的研究法です。

 他に、司法面接に関する研究を行っています。司法面接とは、被害にあった子どもを対象とした事実確認・聴取のための面接技法ですが、正確な情報を得ることとともに、被害事実の聴き取りに際して、子どもの心理的負担を最小限にすることが目指されます。司法面接においては、被害にあった子どもの心身のケアや権利擁護の観点が不可欠であり、多機関多職種連携が重要になってきます。私は臨床心理学の立場から研究に関与しています。

先生がこれらの研究に興味をお持ちになったきっかけを教えてください。

 最初にお伝えした次世代育成・継承とキャリア展望・形成の課題には、程度の差こそあれ比較的早いころから関心をもってきたように思います。人生について考えることの多い子どもだったなと思います(笑)。次世代育成・継承のかたちは、子どもを産み育てることに限りません。地域で近所の子どもたちに挨拶をしたり、親戚の子どもたちと触れ合ったり、あるいは職場で後進を育てることかもしれません。また、ものを書いたり作ったりするなどのかたちもあるでしょう。もっとも、何かを為したり成功することばかりではないですよね。そうしたことがうまくいかない、ということももちろんあるでしょうから、つまずきをおぼえたり困難を抱えた時にどのように乗り越えていくか、ということと表裏をなすことでもあります。こうした漠然とした問いが成長と共に徐々に明確になり、研究課題のかたちになったように思います。 司法面接に関しては、ケアされながら育つ途上にある子どもが被害や困難に遭遇したときに、私たち大人はどうサポートできるのかという関心が根底にあります。幼いころからいくつかの職業に憧れてきましたが、思えばその多くが援助職なのですね。臨床心理士になりたいと思って入った修士課程で研究課題を選ぶにあたってあれこれ考えるなかで、先ほど述べたように、それまであたためてきた関心は、女性と子どものいのちのむすびめである「生殖」の危機に直面した女性を対象とする、というかたちとなりました。他方で、子どもに関しても何かしたいと思っていました。そんな時、恩師がNPOを組織したという話をうかがい魅力を感じそこに参画するかたちで、DV家庭で育つ子どもを対象に支援を行うプロジェクトを有志で立ち上げました。この活動を基盤にして数年後に研究課題を組み立てたのですが、その関連で声をかけていただき、司法面接の研究をさせていただいている今につながっています。

先ほど出てきた質的アプローチの中でも先生が用いられているナラティブアプローチ、語りに焦点を当ててライフストーリーを捉えるという方法を実践する中で気をつけていらっしゃることはありますか。

 当人の語りをきちんととらえようとすることと、他方で、決してとらえきれないということに留意することです。程度の差こそあれ、人は、自分の生を物語ろうとします。私たちは自分にとって大事な出来事を、それに伴う考えや感情などとむすびあわせて語ろうとするのではないでしょうか。したがって、当人がむすびあわせながら伝えようとしているその経験の語りを、聴き手としてきちんと受け取ろうとすることが大切です。その際、自分の解釈の枠組みをいったん横に置いて、当人の語りを文脈を含めてきちんととらえようとします。ですが、それでもなおわかりきらないことがあるのも確かです。安易にわかったと思うのではなく、わかりきらないことがあるのだということに意識的になりながら、当人がつむぎだす話を聴くようにしています。

安田先生が学生時代にどのように図書館を利用されていたかを教えてください。

 幼いころに住んでいた家から子どもの足で徒歩5分くらいのところに、市立のこぢんまりとしたアットホームな図書館があり、そこによく通っていました。図書館の建物までのアプローチにはクローバーが生えているスポットがあったり、裏手には凧をあげることのできる広いグラウンドあったりして、図書館は、そうした記憶が一緒に思い出されるなんとなく懐かしい場所です。大学生の頃は、本を買うのはお金がかかるため、図書館はやっぱりありがたかったですね。ただ、図書館が役に立つとしみじみ思ったのは大学院生になってからです。研究するにあたり、探究しようとするテーマに関わる文献を調べることは重要なことですから、読みたい文献を見つけ、所蔵している図書館まで行ってコピーをする、ということが必要になりますよね。立命館大学図書館は、それを代行してくれます。申請すれば、図書館が、申し込んだ文献を、複写費の自己負担のみで、他大学から取り寄せてくれます。みなさんも活用されているでしょうか。大学院生になってこうしたサービスが受けられることを知って、本当に有難いなあと感動したことよく覚えています。

大学生へのおすすめの本を教えてください。

 『あなたの人生の科学』をおすすめします。上下巻ありそれなりに分厚いのですが、面白いのでぜひ読んでみてください。本書では、人の発達・成長するプロセスがフィクションで描かれており、物語りとして読むことができるとともに、心理学の知見が埋めこまれており人生について科学的に掘り下げたかたちで理解を進めることができます。本書はストーリーとして感動的なのですが、そもそも人の生はそれぞれにドラマティックで心揺さぶられるものであるとも言えますね。心理学のなかでも発達心理学や臨床心理学、文化心理学などに興味・関心がある人にはとくに面白く読むことができるのではないかと思います。

現在、就職か大学院進学かということで悩んでいる学生も多いと思います。就職や進学の際、先生が何を決め手としてどのような選択をされたのかを教えてください。

 高校2年生の時に臨床心理士になりたいと思い、心理学を学ぶことのできる大学に進学しました。最初はもちろん臨床心理士を目指すつもりだったのですが、その想いは途中でいったん立ち消えました。あまり大きな声では言えないのですが、心理学があまり面白くないなと思ったことと—結局は自分の学びの薄さが原因だったのですが—、他方で、臨床心理学の奥深さに触れ、病いを抱えて生きる人のサポートをするという仕事に恐れを抱いてしまった、というのがその原因です。自分にそんな力は無いと思う気持ちが強くなり、臨床心理士になりたいという想いが薄らいでいったのです。ですので、なんら迷いなく、大学卒業後に就職しました。就職し、2年弱で総務部に異動してからは、人の動きがそれまでよりよく見えるようになったり、ちょっとした相談を受けることがあったりしました。たいしたアドバイスはできなくても、相談をしてきてくれた人が話してよかったと少し元気になって帰っていく姿を見ていると、私もなんだか励まされました。そして、このように人をサポートする仕事をしながら生きていけるといいなという思いが強くなるなかで、このまま働き続けるのは「私の人生じゃない」と考えるようになりました。そのころ、高校生のときに憧れた臨床心理士にやっぱりなりたいという想いがふつふつと再燃しはじめてもいました。人からは、思い切ったねと言われることもありましたが、私の人生これでいい?とひそかに思いあぐねる期間がそれなりに長かったこともあり、私としては自然な選択でした。

臨床心理士を志して大学院に進学した後、研究者として大学に残ろうと思ったタイミングやきっかけなどはありましたか。

 研究が面白いと思ったのは大学院に入学して4月くらいのころで、かなり早かったです。金曜日の6・7限に質的研究法の授業があり、上回生からすすめられました。遅い時間の授業だから大変だなと思ったのですが、一度出てみようと、履修登録をする前の段階で授業に行ってみました。すると、その授業がとてもワクワクするものだったのですね。質的研究っておもしろいと思いましたし、可能性を感じましたし、なんだか世界が拓かれるようでした。もっとも、研究の道に進むなどということには考えが及ばず、臨床心理士として現場で働くことを考えてました。ただ、修士課程の2回生になって、修士論文を進めるなかで、いつしか、研究をやめたくないと思うようになったのですね。そこで、研究をやめないにはどうしたらいいかなと考えた時、大学院に所属し研究する環境があるといいなと思うに至り、博士課程を受けてみたのでした。ですので、研究者になりたいというよりは研究をやめたくないと思って進学した、という感じです。

現在、新型コロナウイルスの流行という問題に世界中が直面し、みんなが何かを制限された生活を送っていると思います。その中で受ける心理的ストレスは人の発達にどのような影響を与えると考えられますか?

 これは研究テーマになりますね。現時点で明確なことは言えませんが、人と人とが距離を置くことが推奨されるようになったことは、人の発達にとってとても大きなことだと思います。挨拶の際にハグをするなどの文化がある地域はより変化が顕著だと思います。よしとされるコミュニケーションスタイルが180度変わったということは大きな変化です。一時的なものであってほしいなと思います。それまでに人と関係性の築く経験を積み重ねてきた大人たちはまだしも、とりわけ発達途上にある子どもたちへの影響を心配に思います。もっとも、コロナ禍という大変な状況下でも、人には―もちろん子どもたちにも―生きる力や回復力がありますので、乗り越えようとしたり、そのための工夫もさまざまになされてきました。マイナス面ばかりでもないと思いますし、きっとそうだと思います。決して悲観することなく、確かな希望をもち続け、自分ができることを考え、地域や社会で何ができるかを考えていくことができるといいですね。これからは皆さんの出番だと思います。

最後に、学生へのメッセージをお願いします。

 コロナウイルスの影響下にある渦中では、先が見えない感じがして辛いですよね。一方で、この時期のことを、たいへんだったねと笑って振り返ることができる時がやって来ることを、信じたいと思います。スペイン風邪もそうですが、きっとこのパンデミックが終わる時がくるでしょう。そこに希望をもって歩み進めていきたいですし、学生のみなさんにも希望をもっていってほしいなと思います。また、欲することなく何でも手に入れることができたり機会を与えられても、人は、本当に望むことが見えなくなりがちですが、今のこのある種の制約の中では、むしろ、自分にとって大事なものや心底喜びを感じること、楽しみを見いだせるものが見つかる、ということもあるように思います。こうした、制約の中でこそ見えてくる自分にとって大切なことを、しっかりと大切にしていってほしいなと思います。

安田先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました。

紹介する書籍

あなたの人生の科学(上)/デイヴィット・ブルックス著 夏目 大訳

あなたの人生の科学(下) /デイヴィット・ブルックス著 夏目 大訳