「第78回:人と組織の研究の今、そしてこれから」

竇 少杰 Dou Shaojie

経営学部 教授

【研究テーマ】
 アメーバ経営と経営フィロソフィの実践における  
 日中比較研究~人事労務管理の視点から~
【専門分野】
 経営学, 社会学
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インタビュー:学生ライブラリースタッフ 高木・横山・内藤

竇先生の研究分野について教えてください。

 私の研究分野は主に「人と組織の研究」と言っていいかと思います。具体的には、主に三つの内容からなるかと思います。一つは企業の人事関係や労使関係です。人的資源管理であれば、企業が賃金や給料をどういう風に払っているのかということや、組織・企業にいる労働者たちがどのようにマネジメントされているのかということが関わってきます。例えば、企業目標は労働者の仕事の取り組み方やモチベーションに大きな影響を与えています。多くの企業は毎年、すべての労働者が同じ目標を目指していけるように「年度目標」を決めます。そのためにはいろんな仕組みが必要です。年度目標が各労働者にどのようにブレイクダウンされるのか、そしてそれぞれの目標設定がされた後、上司あるいは組織は各個人の働きぶりを見ないといけないのです。それが成立するための組織の構成というものをずっと研究しています。

 もう一つは、これと関連しているのですが、「京セラ」という企業をご存じですか?京セラ株式会社という稲盛和夫さんが1959年に創立された企業なのですが、この企業で行われている仕事のやり方を「アメーバ経営」と言います。アメーバ経営というのは、一つの企業をたくさんの小さな部門に分けてそれぞれの仕事目標を与え、それからその小さな組織(アメーバ)で働く労働者たちが、日々決算を見ながら主体的に目標達成に向けて努力しているというような経営の在り方です。これがかなり面白くて研究しています。

 さらに、博士号を取った後に「日本の老舗」の研究を始めました。老舗とは少なくとも100年以上経営を続けている企業で、そのような企業がなぜ長く続いているのかを組織のあり方や経営者・労働者の観点から研究しています。最近は、先ほど述べた人事関係よりも老舗の研究の方が多くの割合を占めていると思います。

 竇先生が研究分野に興味を持たれたきっかけは何ですか。

 私は中国の大学を卒業しましたが、そのときの専門は会計学でした。会計学も経営学の1つなのですが、経営学やマネジメントについてもっと勉強したいと思い、日本への留学を選びました。日本は中国から近いことと、経済において中国よりずっと強い国で、儒教文化など日本との共通点が多いということもあり、興味を持ちました。それまでは全く日本語ができなかったのですが、日本に来て初めて日本語を勉強して、同志社大学に入学しました。そこで会計学をそのまま勉強するという選択肢もあったのですが、日本の会計と中国の会計は少し内容が違っていて、そこで同志社大学で出会った指導教授と相談して、人事・労務管理など、人と組織の研究に専門を変えてみようと思いました。
 老舗の研究も偶然なご縁がありました。2009年に同志社大学で博士号を取った後に、同志社大学の研究センターで研究員をやっていたのですが、そのときのテーマとして日本の老舗企業の特徴を課題としたプロジェクトがありました。その当時の研究センターのセンター長先生に「中国人やから中国でちょっと歴史のある企業があればその特徴をまとめて、日本と比較してみたらどうか」と言われて参加しました。そこの研究会では、毎回違う老舗の社長さんたちを呼んできてゲストスピーカーとして話してもらっていたのですが、ものすごく勉強になりました。研究を始めたのはそこからですね。

 なぜ日本を拠点に中国企業を研究しようと思われたのですか?

 私の大学院時代の指導教授は国際比較をやっていました。先生ご自身も若い時代はイギリス留学を経験して、イギリスの人事労務や労使関係の研究をされていました。その後、イギリスから戻ってきて日本やアメリカの研究も取り入れたグローバルな研究をされていたのです。ゼミでは、先生がゼミ生の私たちにいろんな質問を振ってきて、「日本はこうだけど、中国はどうだ」と聞かれるのです。中国の大学にいた頃は、中国のことに関して「なんでも知っているだろう」という思いがありました。しかし、その先生の授業に出て、いきなり聞かれるといつも適当に回答する自分がいて、中国人でありながら中国について何にも知らないことに気づき、中国を研究してみようと考えるようになりました。しかし、日本にいながら中国のみを研究するのは本当の中国企業のことについて、しっかり理解することが難しいのです。やはり、日本と中国の比較をしながら研究した方が、日本についても、中国についてもより深く理解できると思いました。これが重要な国際比較の視点だと私は考えています。

研究のやりがいはどこにあると感じられていますか?

 難しいですね…。研究者って自己満足じゃないのかなといつも思うんですよね。研究して、論文や本を書かないといけないのですが、1冊の本、あるいは1本の論文を書いて、発表して、様々な形で評価をもらうのですが、そこで認められたときですかね。そして、自分の興味、関心を追求・解明していくこと自体がやりがいになっていると思います。やはり知らないことを知って「ようやくわかった!」という、その瞬間が研究のやりがいにつながっているのだと思います。

先生ご自身が影響を受けられた本について教えてください。

 私自身は今までたくさんの本を読んできたと思います。どの本に一番影響を受けたかといいますと、松下幸之助さんの『道をひらく』(PHP研究所)という本ではないでしょうか。松下幸之助さんはパナソニックの創業者で、「経営の神様」と呼ばれたものすごくえらい方だったんです。パナソニック(旧松下電機産業)は5人で始まった町工場だったのですが、今やグローバルで25万人以上も有する大企業に成長していますね。彼一代がパナソニックというグローバル企業を作ったわけですが、この本には企業経営に関することだけでなく、人生や人間のあるべき姿などがまとめられています。1つの内容が大体2ページにわたって綴られており、結構あたりまえのことが述べられているのですが、実に内容は深いです。シンプルな内容ではありますが、常にそれを考えることに深い意味があります。これをもって、自分の人生や仕事に向き合うことについて勉強でき、今でもその影響を受けていると思いますね。

先生は図書館をどのように利用されていますか?

 私の場合、老舗の研究となると古い資料や本で勉強することが多いです。昨年は近江商人の研究をしていた時に、近江商人の古い歴史とかを勉強しようとしていたのですが、そのような参考文献を探すと1910-40年代に出された本や論文が多くて、これらはAmazonとかで買おうとしてもなかなか入手できません。しかし図書館のデータベースで調べたら、蔵書がありました。立命館大学にはものすごい量の本や文献が揃っています。特に、データベースはいいものがたくさんありますよ。ぜひ学生の皆さんにも活用していただきたいです。

学生におすすめしたい本を教えてください。

 経営学にはいろんなジャンルがあるので、それぞれのジャンルに関しておすすめしたい本はもちろんたくさんあるのですが、今回は先ほど紹介した『道をひらく』という本以外にもう一冊『あんなぁよおうききや』(京都新聞出版センター )という本をおすすめしたいと思います。この本は老舗研究をしているときに出会った本なのですが、京都で300年ほど続く老舗半兵衛麩の11代目店主玉置半兵衛さんがご自身の経験や10代目のお父様の教えをまとめた本です。タイトルにある「あんなぁよおうききや」というのは京都弁なんですね。内容は先ほどの松下幸之助さんの本と似ていて、要するに人生や仕事との向き合い方に関する話なのですが、この本の特徴は具体的な事例や物語と共に語られているところだと思います。例えば、印象的なものとして11代目店主の子ども時代のエピソードがあります。当時、彼は親からあられのお菓子をもらって、それを食べようとしたときに9代目のおじいちゃんに「形のよくないほうから食べなさい」と言われたそうです。小さい彼は形のきれいで美味しそうなものから食べたいと思ったかもしれないですが、おじいちゃんは形のいいものを全部食べてしまっていたら、お友達が遊びに来たときにお友達につぶれた、形の悪いあられを分けるしかできなく、それはお友達に失礼じゃないかと言ったのですね。これは要するに日本の「おもてなし精神」教育が日常的に行われていたということで、とても印象に残っています。ここで書かれているエピソードは皆さんが読まれると、ものすごく普通で当たり前のことかもしれないのですが、これから生きていくためにとても参考になるのではと考えています。

先生ご自身がコロナ禍で新しく始められたことはありますか?

 やはりオンライン授業ではないですかね。オンライン授業とオンラインでの調査、あとはオンラインの研究会なんかもやっていますね。これは今まで14年間継続してやっている中国問題研究会があります。コロナ前は毎回、大学の施設で開催して参加者の皆さんと一緒に対面で勉強したり話し合ったりしていました。コロナ禍でオンライン開催としたのですが、最初はみんな慣れなくて問題もあったのですが、東京や海外などの普段は離れて参加できない人は参加できるようになったので、オンラインだからこそのメリットも感じることができました。

コロナ禍における研究職への影響について教えてください。

 研究への影響はものすごく大きいですね。日本国内の調査がオンラインになってしまうことに加えて、私は東アジアの家族企業の比較研究をしていますが、実際に現地を訪問して調査やインタビューすることができなくなってしまいました。オンラインでやればいいという話もありますが、老舗や家族企業の社長さんには無理を言うことはできないのです。相手にも貴重な時間を作っていただくわけですから、直接会いに行くことで相手を尊敬する姿勢を見せることが大切なのです。だから、出張ができないことで私の研究には大きな支障が出ているので、早くコロナが収束してほしいですね。

最後に学生へのメッセージをお願いします。

 私がよく学生に言っていることは目標や夢を持ってもらいたい。子どものときなんかは将来、電車の運転手になりたいとか、野球選手になりたいといった色々な夢があるのですが、大きくなるにつれて夢を失うといいますか、将来何をやりたいのかがわからなくなることも多いですよね。たしかに、成長に伴って、色々な勉強をして、知識も増えると考えが単純ではなくなることもあるのですが、やはり大学を出た途端に社会人としての人生が始まるわけです。ですから大学生の時に「人生の目標」をしっかり持っているかどうかは、その人生を決めてしまうというような感じもするのです。目標が常に変わるということはもちろんありますが、夢を持った方が、ないよりはずっといいと思っています。
 もう一つ、よく言っているのは「グローバルの視野を持つこと」です。「グローバル人材」とよく言われているのですが、どういう人が本当にグローバル人材なのかまだ定義はないんです。私が思うグローバル人材は、「世界のどこに行っても通用できる人材」だと思います。世界のどこに行っても通用する、というのはものすごく重要ですが、その「通用」とは何かと言うと、コミュニケーション能力はもちろん基本なことではありますが、言葉が通用する能力だけでは不十分です。重要なことはつまり、「外国の文化を知ること」です。お互いの文化を知ることで言葉がそんなにぺらぺらじゃなくてもよく理解し合えるのです。そして、そのときに必要なのは「世界で通用する人材になりたい」という意識です。つまり、常に自分の勉強、例えば、経営学では日本の労使関係や、企業マネジメントの在り方など、そういうことを勉強するでしょう。その時に、日本はこうだけど、中国やアメリカではどうなのか、常にそういう視点を持って開放的に考えることがいいかなと思います。もちろんこれからの世界は分断される可能性もありますけれども、やっぱり学生の皆さんには「グローバルな視野を持つこと」が非常に重要だと思います。

竇先生、ありがとうございました。

紹介する書籍

道をひらく/松下幸之助著

中国企業の人的資源管理 = Human resource management in Chinese enterprises/竇少杰著